街中の腹痛という地獄。小さいおじさんの優しさ。
シェイクの一気飲みで休息冷房が体内に発動し、ぼくの全身機能は停止に向けて着々と進んでいた。痛覚のスイッチもついでに切れれば良いのだが、そこだけはしっかりと働き、ただ、冷や汗と脱力。それはヒザがガクガクとするほどであり、到底、歩行まで及ばない。
そこで道沿いにあるドトールコーヒーの座席ひとつにつっぷしていた。
「オーダーにもいけやしねえ・・・。」痛みで意識が、記憶が跳びそうである。
小さいおじさんが現れたのは、その時だった。小人という小さなではない。そいつはおやゆび姫、否、おやゆび親父であった。
前頭部が禿かかり、やたら大きく四角い金縁眼鏡をかけていた。ワイシャツはスラックスから前の方がはみ出ている。それは下っ腹が出ていることと直接的に関係していた。無精ひげ、猫背、そして何故かリュック背負って・・・。
(幻覚が・・・。ヤヴァイ。未来の自分の姿が見える。)死の瞬間には時間が歪む。そのことは身辺で経験した身近な人の死や、数多く読んできた本の中でうすうす感づいていたことだが。
「ばかやろこのやろおめえ。おれあ、おめえじゃねえよ。ただの小さいおじさんだよ。まあ、おやゆび親父ってとこだな。」
おじさんはリュックを降ろした。そのリュックはリュックサック界のロールスロイス、グレゴリーであった。
(こいつ・・・どこまでもσ(゚∀゚ )オレと似てやがる・・・。)
黒いグレゴリーから取り出したそいつは、ざらついた質感といい、どこかいびつな形の球体といい、まるで丸めた何やらみたいなその色といい、何よりも独特な異臭・・。
こいつは・・・
「おい、おじさん、それってまさか、おまえ・・せ、せいろそば・・・。いや、せいろ・・・がん?そうなのか?」
千載一遇という言葉がある。こういう時に使うのが適切なのかどうか。「おねげえしますだ。その正露丸を、まろに・・、まろにくれろ。」
ぼくは言いつつ、その独特な芳香を放つそいつをつまみとり、口の中に放り込んだ。届け、正露丸の効用、食道を伝わり胃部を下降し、腸まで届け。
痛みという命の安全シグナルを遮断せよ。